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街角の「デッド・カー」

2010年10月15日 (金)

カブキ・メイクの『デッド・カー』さんがいた…

Img_0722

それまで走っていた車が、何かの具合で動かなくなったり。

何かの都合で必要なくなったりして。

道端に、“とりあえず”置いておかれる。

これが、まあ、『街角のデッド・カー』さんたちの、

デッド・カーとしての履歴の始まり”といったところだろうか。

Img_0724

この、“とりあえず”。

これが、多分、ポイント。

あくまで、「仮に据え置かれる」というわけだ。

しかし。

このヨノナカの大半のコトガラが、実のところ、

この「かつて自動車だったモノ」のように、

とりあえず”始められ、“とりあえず”継続されながら、

年月を重ねるうちに、

本来その場所に居る事になった、とっかかりとしての“とりあえず”が、少しづつ溶け去ってしまって、

あたかも、なにか具体的にはっきり明示できる根拠を持っていたかのような“自信に満ちた顔つき”を備えていくのに対して。

この「デッド・カー」さんたちに共通しているのは、いつまでも「とりあえず、ここにいるんです」、と言いたげな“頼りなさ”だ。

Img_0723

そして、その「居心地の悪そうなたたずまい」こそが、なんか知らんがワタシを惹き付ける。

(写真の「カブキ調メイク」も「頼んでないのに勝手に描かれちゃって…」というつぶやきが聞こえてきそうだ…)

なんにも役に立たないものとして、とりあえずそこに据え置かれた、

かつて、「自動車と呼ばれたモノ」たち。

デッド・カー(死車)」さんたち。

てわけで。

んじゃ、また。

2010年10月14日 (木)

『デッド・カー』さんがいた…

Dscn1893

町ん中、自転車で走ってると。

風景に溶け込んで、見落とすことが多いんですが。

動きの多い車道やら、交差点やらの。

少し「ポイントのずれたようなところ」になにかが蹲っていたりします。

なんか、「空気が澱んだようなところ」に、ですね。

お写真のような、『かつて自動車だったモノ』が、佇んでいたりするわけです。

Dscn1894

しかし。

不思議なもんで。

そうやって一度イシキしてしまうと、今度は逆にそこ通る時、必ず目が行くようになるんですね。

道の端の「庚申塚」とか、「道祖神」とかじゃないですが、

なんか、「“拝みたい”圧力」を感じる今日このごろであります…

(やっぱ。“秋は汚染値”もとい“おセンチ”だわ、ワタシ…)

( ´;ω;`)ブワッ

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